選手査定ノート

能力査定対象選手:プロ(NPB)・新外国人・OB・ドラフト選手・ドラフト候補選手(高校生・大学生・社会人・独立リーグなど)
最新記事&更新情報

藤波行雄(全盛期)

藤波行雄(ふじなみ ゆきお) 外野手 中日

外野手(中堅手・左翼手・右翼手)・内野手(一塁手) 左投左打 中日
静岡県立静岡商業高→中央大 大学 ドラフト1位 1974年~1987年
中日ドラゴンズ:1974年~1987年
巧打の中堅手

1974年(1年目)
.289 1本 15打点 1盗塁 90試合
選手名 右巧 左巧 長打 走力 送球 捕球 肩力
藤 波 57 52 45 60 45 45 60 45 45 40

1977年
.318 6本 20打点 11盗塁 100試合
選手名 右巧 左巧 長打 走力 送球 捕球 肩力
藤 波 64 59 59 60 50 55 60 45 55 45

1980年
.291 1本 22打点 8盗塁 119試合
選手名 右巧 左巧 長打 走力 送球 捕球 肩力
藤 波 58 53 42 55 50 45 55 50 60 50

1983年
.325 2本 13打点 1盗塁 90試合
選手名 右巧 左巧 長打 走力 送球 捕球 肩力
藤 波 59 54 49 50 45 40 50 30 45 55 45

トータル
1977年ベース
選手名 右巧 左巧 長打 走力 送球 捕球 肩力
藤 波 64 59 59 60 50 55 60 25 45 55 45

通算成績

1974年~1987年
.273 24本 186打点 37盗塁 33盗塁死 出塁率.319 1146試合

タイトル、表彰、その他記録

新人王(1974年)

総評

巧打型外野手。
高い巧打力で活躍した外野手。
守備位置は1974年はレフト、1975年はレフト兼ライト、1976年はレフト、1977年から1980年はセンター、1981年はライト、1982年はレフト、1983年・1984年はセンター、1985年はレフト兼ライトで、ファーストでの出場経験もわずかにある。
コンバートは左翼手→中堅手→右翼手→左翼手→中堅手→左翼手。

犠打はそこそこあり、最多は10。
盗塁はそこそこあり、盗塁成功率は低い。
四球は少ない、三振は非常に少ない、出塁率は低い。
併殺打は普通。
死球数は普通。
早打ち傾向の積極打法で、四球・三振が少ない。

愛称は特になし。
巧打の外野手として活躍。
1973年のドラフト1位で中日に入団し、1年目の1974年は90試合に出場しリーグ優勝に貢献し新人王に選ばれる。
1977年シーズン前にクラウンライターライオンズと「藤波行雄・竹田和史」⇔「基満男」の交換トレードを言い渡されるが、トレードを拒否しトレード回避になるが球団からペナルティーを受ける。
1977年は100試合に出場し、237打席ではあったが打率.318を打つ。
1980年頃までは準レギュラーや代打として出場し、1981年からはスタメン出場が減り代打などで出場する。
1987年に現役を引退。

引退後は解説者や三重スリーアローズのコーチ、静岡商業高のコーチを務めている。

主に1番打者、2番打者として活躍している。
背番号は3→40で、1977年からは「40」。

巧打で活躍した外野手。
巧打力はあるが、四球が少なく出塁率が低い。
盗塁はそこそこあるが三塁打が少なく、足はあまり速くないが中堅手としての出場が多い。
守備範囲は普通で、失策数・守備率は普通。

関連ページ

更新情報

歴代全盛期 チーム別データ
-セ・リーグ-
巨人1991~ 阪神1991~ 広島1991~ 中日1991~ DeNA2012~ ヤクルト1991~
巨人61~90 阪神61~90 広島68~90 中日61~90 横浜93~11 ヤクルト74~90
巨人34~60 大阪35~60 広島50~67 中日36~60 大洋50~92 国鉄50~73
巨人(全) 阪神(全) 広島(全) 中日(全) DeNA(全) ヤクルト(全)
-パ・リーグ-
ソフトバンク2005~ オリックス2005~ 日本ハム2004~ ロッテ2005~ 西武2008~ 楽天2005~
ダイエー89~04 オリックス89~04 日本ハム74~03 ロッテ92~04 西武79~07 近鉄91~04
南海38~88 阪急36~88 フライヤーズ~73 オリオンズ~91 西鉄50~78 近鉄49~90
ソフトバンク(全) オリックス(全) 日本ハム(全) ロッテ(全) 西武(全) 楽天(全)

一枝修平(全盛期)

一枝修平(いちえだ しゅうへい) 内野手 中日

内野手(遊撃手・二塁手・三塁手) 右投右打 中日→近鉄→阪神
上宮高→明治大→河合楽器 社会人 1964年~1974年
中日ドラゴンズ:1964年~1971年 近鉄バファローズ:1972年~1973年 阪神タイガース:1974年
コーチ歴が長く名参謀として知られる

1964年(1年目)
.247 1本 6打点 1盗塁 71試合
選手名 右巧 左巧 長打 走力 送球 捕球 肩力
一 枝 41 46 44 60 50 55 65 55 50

1966年
.265 7本 30打点 4盗塁 119試合
選手名 右巧 左巧 長打 走力 送球 捕球 肩力
一 枝 47 52 58 55 45 30 60 55 50 60

1968年
.272 13本 47打点 4盗塁 115試合
選手名 右巧 左巧 長打 走力 送球 捕球 肩力
一 枝 49 54 66 55 40 15 60 50 45 60

1970年
.242 7本 28打点 2盗塁 126試合
選手名 右巧 左巧 長打 走力 送球 捕球 肩力
一 枝 39 44 57 55 50 45 60 50 45 65

トータル
1968年ベース
選手名 右巧 左巧 長打 走力 送球 捕球 肩力
一 枝 49 54 66 55 40 25 60 50 45 60

通算成績

1964年~1974年
.244 52本 255打点 30盗塁 42盗塁死 出塁率.293 1033試合

タイトル、表彰、その他記録

ベストナイン1回

総評

好守型内野手。
高い守備力で活躍した内野手。
守備位置は1964年はセカンド、1965年から1970年はショート、1971年はセカンド兼ショート、1972年・1973年はショート、1974年はセカンドで、サードでの出場経験もある。
コンバートは二塁手→遊撃手→二塁手。

犠打はそこそこ多く、最多は18。
盗塁はそこそこあり、盗塁成功率は低い。
四球は少なく、三振はやや少ない、出塁率は低い。
併殺打は普通。
死球数は普通。

愛称は「ナニワの名参謀」。
好守の遊撃手として活躍。
高校まで投手、大学で二塁手に転向、社会人で遊撃手に転向している。
3年目の1966年にレギュラーに定着し、1970年まで好守の内野手として活躍。
1972年に飯田幸夫との交換トレードで近鉄に移籍。
1973年オフに自由契約になり、阪神に移籍。
1974年に現役を引退。

引退後は解説者や評論家、阪神・中日のコーチを務めている。

主に2番打者、6番打者、7番打者として活躍している。
背番号は54→2→1で、1965年から1973年は「2」。

好守で活躍した遊撃手。
出塁率は低いが、バントで貢献。
三塁打はそこそこあるが、盗塁成功率は5割を下回る。
守備範囲は普通で、失策数は結構多く、守備率は低い。

関連ページ

更新情報

歴代全盛期 チーム別データ
-セ・リーグ-
巨人1991~ 阪神1991~ 広島1991~ 中日1991~ DeNA2012~ ヤクルト1991~
巨人61~90 阪神61~90 広島68~90 中日61~90 横浜93~11 ヤクルト74~90
巨人34~60 大阪35~60 広島50~67 中日36~60 大洋50~92 国鉄50~73
巨人(全) 阪神(全) 広島(全) 中日(全) DeNA(全) ヤクルト(全)
-パ・リーグ-
ソフトバンク2005~ オリックス2005~ 日本ハム2004~ ロッテ2005~ 西武2008~ 楽天2005~
ダイエー89~04 オリックス89~04 日本ハム74~03 ロッテ92~04 西武79~07 近鉄91~04
南海38~88 阪急36~88 フライヤーズ~73 オリオンズ~91 西鉄50~78 近鉄49~90
ソフトバンク(全) オリックス(全) 日本ハム(全) ロッテ(全) 西武(全) 楽天(全)

前田益穂(全盛期)

前田益穂(まえだ ますほ) 三塁手 中日

内野手(三塁手・一塁手・遊撃手・二塁手)・外野手 右投右打 中日→ロッテ
熊本県立熊本工業高 高校 1958年~1975年
中日ドラゴンズ:1958年~1963年 東京オリオンズ、ロッテオリオンズ:1964年~1975年
攻守に活躍した内野手

1958年(1年目)
.--- -本 -打点 -盗塁 0試合
選手名 右巧 左巧 長打 走力 送球 捕球 肩力
前 田 20 25 48 65 35 30 65 40

1959年
.238 8本 34打点 5盗塁 121試合
選手名 右巧 左巧 長打 走力 送球 捕球 肩力
前 田 38 43 59 65 30 5 65 40 60 20 20 20

1962年
.284 13本 72打点 19盗塁 133試合
選手名 右巧 左巧 長打 走力 送球 捕球 肩力
前 田 53 58 66 60 60 50 60 45 60 50

1966年(東京オリオンズ)
.250 13本 40打点 11盗塁 134試合
選手名 右巧 左巧 長打 走力 送球 捕球 肩力
前 田 42 47 66 60 50 35 60 45 60

1970年(ロッテ)
.313 7本 25打点 4盗塁 98試合
選手名 右巧 左巧 長打 走力 送球 捕球 肩力
前 田 59 64 63 55 50 55 55 50 45 45 45

トータル
1962年ベース
選手名 右巧 左巧 長打 走力 送球 捕球 肩力
前田益 53 58 66 60 60 50 60 45 50 60 55 (20) (20) (20)

通算成績

1958年~1975年
.249 117本 492打点 106盗塁 81盗塁死 出塁率.310 1799試合

タイトル

なし

表彰

なし

記録

サイクルヒット(1962年、史上21人目)

総評

バランス型外野手。
高い打撃力と守備力で活躍した内野手。
守備位置は1959年・1960年はショート、1961年から1967年はサード、1968年はセカンド、1969年はサード、1970年からはファーストで、外野での出場経験もわずかにある。
コンバートは遊撃手→三塁手→二塁手→三塁手→一塁手。

犠打はそこそこ多く、最多は16。
盗塁はそこそこ多く、盗塁成功率は低い。
四球はやや少なく、三振は少ない、出塁率はやや低い。
併殺打は非常に多い。
死球数はやや少ない。

愛称は特になし。
バランス型の内野手として活躍。
入団時は投手で内野手に転向。
2年目の1959年に遊撃手のレギュラーになり、1962年は初の二桁本塁打を打つ。
1964年に葛城隆雄との交換トレードで東京オリオンズに移籍。
1968年には外野手の池辺巌が三塁手に回ったため二塁手を務め、1970年からは一塁手になる。
1975年に現役を引退。

引退後はロッテ、中日、大洋、日本ハムのコーチ、台湾リーグの俊国ベアーズの監督、解説者を務めている。

主に6番打者、7番打者、1番打者として活躍している。
背番号は47→14→2→5で、1961年から1963年は「2」。

攻守に活躍した内野手。
6度の二桁本塁打を打つ長打力がある。
最高22盗塁をしているが、リーグ最多併殺打も記録したことがある。
守備範囲は普通で、失策数はやや多く、守備率はやや低い。

関連ページ

更新情報

歴代全盛期 チーム別データ
-セ・リーグ-
巨人1991~ 阪神1991~ 広島1991~ 中日1991~ DeNA2012~ ヤクルト1991~
巨人61~90 阪神61~90 広島68~90 中日61~90 横浜93~11 ヤクルト74~90
巨人34~60 大阪35~60 広島50~67 中日36~60 大洋50~92 国鉄50~73
巨人(全) 阪神(全) 広島(全) 中日(全) DeNA(全) ヤクルト(全)
-パ・リーグ-
ソフトバンク2005~ オリックス2005~ 日本ハム2004~ ロッテ2005~ 西武2008~ 楽天2005~
ダイエー89~04 オリックス89~04 日本ハム74~03 ロッテ92~04 西武79~07 近鉄91~04
南海38~88 阪急36~88 フライヤーズ~73 オリオンズ~91 西鉄50~78 近鉄49~90
ソフトバンク(全) オリックス(全) 日本ハム(全) ロッテ(全) 西武(全) 楽天(全)

江島巧(全盛期)

江島巧(えじま たくみ) 外野手 中日

外野手(右翼手・左翼手・中堅手) 右投右打 中日→ロッテ
平安高 高校 ドラフト2位 1968年~1983年
中日ドラゴンズ:1968年~1972年 ロッテオリオンズ:1973年~1983年
強肩強打の外野手

1968年(1年目)
.153 5本 9打点 0盗塁 71試合
選手名 右巧 左巧 長打 走力 送球 捕球 肩力
江 島 19 24 58 45 40 45 70 40 50 40

1969年
.219 13本 28打点 2盗塁 123試合
選手名 右巧 左巧 長打 走力 送球 捕球 肩力
江 島 33 38 68 45 65 45 70 40 50 55

1970年
.231 9本 30打点 2盗塁 112試合
選手名 右巧 左巧 長打 走力 送球 捕球 肩力
江 島 36 41 63 45 40 50 70 40 50 55

1979年(ロッテ)
.293 6本 22打点 1盗塁 82試合
選手名 右巧 左巧 長打 走力 送球 捕球 肩力
江 島 56 59 62 40 50 40 65 40 45 50

トータル
1969年ベース
選手名 右巧 左巧 長打 走力 送球 捕球 肩力
江 島 33 38 68 45 65 45 70 45 50 55

通算成績

1968年~1983年
.223 56本 211打点 24盗塁 22盗塁死 出塁率.264 1187試合

タイトル

なし

表彰

なし

記録

特になし

総評

強肩強打型外野手。
高い長打力と強肩で活躍した外野手。
守備位置は1968年はセンター、1969年から1972年はライト、1975年はレフト兼ライト、1976年はレフト、1977年はライト、1978年はレフト、1979年はライト、1980年はレフト、1981年はライト。
コンバートは中堅手→右翼手→左翼手。

犠打は少なく、最多は6。
盗塁は少なく、盗塁成功率は低い。
四球は非常に少なく、三振はやや少ない、出塁率は低い。
併殺打は非常に多い。
死球数は結構多い。
早打ち傾向の積極打法で、四球が少ない。

愛称は特になし。
強肩強打の外野手として活躍。
1年目の1968年はプロ1号から3試合連続で本塁打を打つなど71試合に出場。
1969年に右翼手のレギュラーになるが、低打率に終わることが多く打率は1割台になることが多かった。
1972年オフに広瀬宰との交換トレードでロッテに移籍。
ロッテでは強肩を買われ外野の守備固めとして出場し、1979年は82試合の出場で打率.293、6本塁打を打つなどまずまずの活躍を見せる。
1983年に現役を引退。

引退後はロッテのコーチを務めている。

主に7番打者、8番打者、6番打者として活躍している。
背番号は37→12→6→3→4→9で、1967年までは「37」。

強肩強打で活躍した外野手。
長打力はあるが、死球が極端に少なく出塁率が低い。
併殺打が多いが、長年にわたり守備固めで起用される守備力がある。
守備範囲はそこそこ広く、失策数・守備率は普通。

関連ページ

更新情報

歴代全盛期 チーム別データ
-セ・リーグ-
巨人1991~ 阪神1991~ 広島1991~ 中日1991~ DeNA2012~ ヤクルト1991~
巨人61~90 阪神61~90 広島68~90 中日61~90 横浜93~11 ヤクルト74~90
巨人34~60 大阪35~60 広島50~67 中日36~60 大洋50~92 国鉄50~73
巨人(全) 阪神(全) 広島(全) 中日(全) DeNA(全) ヤクルト(全)
-パ・リーグ-
ソフトバンク2005~ オリックス2005~ 日本ハム2004~ ロッテ2005~ 西武2008~ 楽天2005~
ダイエー89~04 オリックス89~04 日本ハム74~03 ロッテ92~04 西武79~07 近鉄91~04
南海38~88 阪急36~88 フライヤーズ~73 オリオンズ~91 西鉄50~78 近鉄49~90
ソフトバンク(全) オリックス(全) 日本ハム(全) ロッテ(全) 西武(全) 楽天(全)

伊藤竜彦(全盛期)

伊藤竜彦(いとう たつひこ) 内野手・外野手 中日

内野手(三塁手・二塁手・一塁手・遊撃手)・外野手(左翼手・右翼手・中堅手) 右投右打 中日→近鉄
中京商業高 高校 1959年~1971年
中日ドラゴンズ:1959年~1970年 近鉄バファローズ:1971年
さまざまなポジションを務めたユーティリティープレイヤー

1959年(1年目)
.313 0本 0打点 0盗塁 12試合
選手名 右巧 左巧 長打 走力 送球 捕球 肩力
伊藤竜 49 49 45 50 35 25 60 35 40

1962年
.249 4本 21打点 3盗塁 118試合
選手名 右巧 左巧 長打 走力 送球 捕球 肩力
伊 藤 42 47 52 45 50 55 55 30 30 40 40 50 35 50

1964年
.262 6本 43打点 4盗塁 138試合
選手名 右巧 左巧 長打 走力 送球 捕球 肩力
伊 藤 46 51 54 45 55 55 55 55 40 45 45

1968年
.227 10本 33打点 3盗塁 131試合
選手名 右巧 左巧 長打 走力 送球 捕球 肩力
伊藤竜 35 40 63 40 45 25 50 40 50 50 35 40 50 40

トータル
1964年ベース
選手名 右巧 左巧 長打 走力 送球 捕球 肩力
伊藤竜 46 51 54 45 55 55 55 40 45 55 35 50 50 50

通算成績

1989年~2002年
.000 0本 0打点 0盗塁 0盗塁死 出塁率.000 0試合

タイトル

首位打者1回

表彰

ベストナイン1回

記録

特になし

総評

バランス型内外野手。
内外野どこでも守れるユーティリティー性などで活躍した選手。
守備位置は1959年はショート、1960年・1961年はサード、1962年・1963年はレフト、1964年から1968年はサード、1969年はライト、1970年からはサードで、ファースト・セカンド・センターでの出場経験もある。
コンバートは遊撃手→三塁手→左翼手→三塁手→右翼手→三塁手。

犠打はそこそこあり、最多は11。
盗塁は少なく、盗塁成功率は低い。
四球は非常に少なく、三振は少ない、出塁率は低い。
併殺打は結構多い。
死球数は少ない。
早打ち傾向の積極打法で、四球・三振が少ない。

愛称は特になし。
バランス型の内外野手として活躍。
プロ入り前は投手で、1959年に中日に入団し野手に転向。
1962年は左翼手のレギュラーになり、1964年に三塁手に転向し初の規定打席に到達。
1968年に徳武定之が移籍してきたことで三塁手以外に二塁手や外野手などでも出場し、131試合に出場し初の二桁本塁打を打つ。
1970年オフに川内八洲男との交換トレードで近鉄に移籍。
1971年に現役を引退。

引退後は近鉄のスカウトを務めている。

主に6番打者、7番打者として活躍している。
背番号は32→7→19で、1963年から1970年は「7」。

さまざまなポジションを務めたユーティリティープレイヤー。
まずまずの打撃力があるが、低打率になることが多い。
盗塁成功率が低く、1964年は22併殺打を打っている。
守備範囲はそこそこ広く、失策数・守備率は普通。

関連ページ

更新情報

歴代全盛期 チーム別データ
-セ・リーグ-
巨人1991~ 阪神1991~ 広島1991~ 中日1991~ DeNA2012~ ヤクルト1991~
巨人61~90 阪神61~90 広島68~90 中日61~90 横浜93~11 ヤクルト74~90
巨人34~60 大阪35~60 広島50~67 中日36~60 大洋50~92 国鉄50~73
巨人(全) 阪神(全) 広島(全) 中日(全) DeNA(全) ヤクルト(全)
-パ・リーグ-
ソフトバンク2005~ オリックス2005~ 日本ハム2004~ ロッテ2005~ 西武2008~ 楽天2005~
ダイエー89~04 オリックス89~04 日本ハム74~03 ロッテ92~04 西武79~07 近鉄91~04
南海38~88 阪急36~88 フライヤーズ~73 オリオンズ~91 西鉄50~78 近鉄49~90
ソフトバンク(全) オリックス(全) 日本ハム(全) ロッテ(全) 西武(全) 楽天(全)

選手一覧
--年度別選手データ--
年度 2014年 2015年 2016年 2017年
--現役選手一覧--
広島 巨人 De 阪神 ヤクル 中日
日ハ ソフト ロッテ 西武 楽天 オリ
    ↑野手     ↓投手
広島 巨人 De 阪神 ヤクル 中日
日ハ ソフト ロッテ 西武 楽天 オリ
--ドラフト候補--
ドラフト2016  野手 投手 指名結果
ドラフト2017  野手 投手
ドラフト2018  野手 投手
ドラフト2019  野手 投手
現役・OB選手50音検索
全盛期チーム
ヤクルト    中間    
巨人    中間    
阪神    中間    
広島    中間    
中日    中間    
DeNA    中間    
ソフトバンク    中間    
日本ハム    中間    
ロッテ    中間    
西武    中間    
オリックス    中間    
楽天    中間    
プロ野球歴代最強ベストナイン
査定依頼ページ
査定依頼はこちらから
詳しくは査定依頼状況をご覧ください
投票系記事
最新コメント(ツリー)
カテゴリ