選手査定ノート

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バンプ・ウィルス(全盛期)元阪急 二塁手

バンプ・ウィルス(Elliot Taylor "Bump" Wills) 二塁手 阪急

内野手(二塁手・遊撃手・一塁手)・指名打者(DH) 右投両打
国籍:アメリカ合衆国 MLB二次ドラフト1巡目 1983年~1984年
テキサス・レンジャーズ:1977年~1981年 シカゴ・カブス:1982年 阪急ブレーブス:1983年~1984年
元バリバリのメジャーリーガー

1977年(レンジャーズ)
.287 9本 62打点 28盗塁 152試合
選手名 右巧 左巧 長打 走力 送球 捕球 肩力
B.ウィルス 73 48 69 85 50 40 75 30 75 55

1982年(カブス)
.272 6本 38打点 35盗塁 128試合
選手名 右巧 左巧 長打 走力 送球 捕球 肩力
B.ウィルス 61 57 65 75 40 20 70 55

1983年(阪急)
.272 12本 57打点 20盗塁 125試合
選手名 右巧 左巧 長打 走力 送球 捕球 肩力
バンプ 50 50 65 70 40 20 70 60

1984年(阪急)
.232 4本 24打点 2盗塁 78試合
選手名 右巧 左巧 長打 走力 送球 捕球 肩力
バンプ 38 38 53 65 50 45 65 55

トータル
1983年ベース
選手名 右巧 左巧 長打 走力 送球 捕球 肩力
バンプ 50 50 65 70 40 20 70 60

通算成績

1983年~1984年(日本のみ)
.259 16本 81打点 22盗塁 13盗塁死 出塁率.348 203試合

タイトル

なし

表彰

なし

記録

特になし

総評

俊足好守型内野手。
俊足と広い守備範囲で活躍した内野手。
守備位置はセカンドで、メジャーではファーストやショートでの出場経験もわずかにある。
コンバートは特になし。

犠打は少なく、最多は2。
盗塁は結構多く、盗塁成功率は低い。
四球は普通、三振はやや少ない、出塁率は普通。
併殺打は結構多い。
死球数は非常に多い。

愛称は特になし。
俊足好守の二塁手として活躍。
1975年にプロ入りし、1977年にメジャー初出場。
1977年から1982年まで二塁手のレギュラーを務め、1978年には52盗塁するなど俊足で活躍。
バリバリのメジャーリーガーだったが、1983年に阪急に4年契約で入団。
1983年は福本豊・簑田浩二とともに俊足トリオとして攻守に活躍し、20盗塁するなど足でも活躍。
1984年は打撃不振で、起用法をめぐり監督と対立し帰国し、1984年オフに退団。

主に7番打者として活躍している。
背番号は49→2→21で、1997年から2002年は「21」。

攻守ともにまずまず貢献した助っ人外国人。
巧打力・長打力ともまずまず。
盗塁は多いが盗塁成功率は低く、併殺打が非常に多い。
守備範囲はやや狭く、失策数は非常に多く、守備率は低い。

更新情報

歴代全盛期 チーム別データ
-セ・リーグ-
巨人1991~ 阪神1991~ 広島1991~ 中日1991~ DeNA2012~ ヤクルト1991~
巨人61~90 阪神61~90 広島68~90 中日61~90 横浜93~11 ヤクルト74~90
巨人34~60 大阪35~60 広島50~67 中日36~60 大洋50~92 国鉄50~73
巨人(全) 阪神(全) 広島(全) 中日(全) DeNA(全) ヤクルト(全)
-パ・リーグ-
ソフトバンク2005~ オリックス2005~ 日本ハム2004~ ロッテ2005~ 西武2008~ 楽天2005~
ダイエー89~04 オリックス89~04 日本ハム74~03 ロッテ92~04 西武79~07 近鉄91~04
南海38~88 阪急36~88 フライヤーズ~73 オリオンズ~91 西鉄50~78 近鉄49~90
ソフトバンク(全) オリックス(全) 日本ハム(全) ロッテ(全) 西武(全) 楽天(全)

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ご指摘ありがとうございます
修正しました。

バンプ選手はメジャーでは結構活躍してたみたいですけど、年齢的にも能力がちょっと落ち気味の時に来てしまったので、あまり活躍できないこととメジャーのプライドの葛藤とかあったのかもしれませんね。

今も昔も誰が活躍するかホント分からないものですね。
[ 2016/07/04 19:38 ] [ 編集 ]
バンプ選手の父親はMLBでシーズン100盗塁を決めたこともある大選手のモーリー・ウィルス選手なのだそうで、阪急がモーリー選手に臨時コーチを頼んだこともあったこともバンプ選手が阪急に入団した理由の一つでもあるようです。

私は同選手をロバート・ホワイティング氏の著作で知ったのですが、それを読む限りだと成績どうこうというより非常にもったいない選手だったなあと思うのですね。色々なことが逆風になってしまったようです。ホワイティング氏にも「阪急は大金を、バンプは時間を無駄にした。そしてこれによって失われた日米の友好感情は計り知れない。」とまで書かれてしまっていました。
一つには当時の阪急の上田監督が情熱的な、うるさい面のある監督であったことです。MLBで高実績を誇り更にはお坊ちゃまでもあった同選手では合わなかったのではないかとロッテのリー兄選手も評していたようです。(稲尾監督や大沢監督のような放任するタイプとなら合ったかもしれない、とも)
二つには1番打者タイプの選手であったにもかかわらず当時の阪急は1番打者が全く補強ポイントになっていなかったことです。当時の阪急で福本選手を1番打者から外す(そして後任に外国人選手を入れる)、などとはまず考えられなかったでしょう。2番をやらせるにしてもやることは違うでしょうし言語の壁もあるでしょうし…。
更には同選手は年棒1億円の4年契約という当時としては破格の条件でプレーしておりそれがチームメイトとの齟齬を招く一因ともなっていたようですが、当時は円が今より安くMLBではFAが導入されたばかりの頃で給料の上昇幅が大きかったこともありMLBレギュラー選手と考えるとそこまで不当に高いわけでもない、というのも双方の意識のずれを招いていたのではないかと。
もう一つ言うなら前任の外国人二塁手がMLB経験なしで若くして来日したマルカーノ選手だったことも不利に働いたように思えてならないです。「マルカーノならチームの方針に従ったぞ!」となりかねなかったのでは…。

おまけに(これは同選手の責任ではないのですが)1984年には他にも(「住居にゴキブリ」で有名な)近鉄のマネー選手など挫折した選手が多く、それもあって当時の日本の野球ファンの外国人選手に対する感情はかなり悪化していたようです。せめて今みたいに人的交流が双方向なら(当時はほぼMLB→NPBの一方通行だったので…)まだしも「お互い様」という意識が持てたかもしれませんが…。
[ 2016/07/04 18:23 ] [ 編集 ]
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[ 2016/07/04 12:47 ] [ 編集 ]
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