樋笠一夫(全盛期)
2016年11月17日00:31
樋笠一夫(ひがさ かずお) 外野手 広島
外野手(左翼手・中堅手・右翼手)・内野手(二塁手・三塁手) 右投右打 広島→巨人
旧制香川県立高松中→広島鉄道局→三井鉱山美唄 1950年~1957年
広島カープ:1950年~1951年 読売ジャイアンツ:1951年~1957年
日本プロ野球史上初の代打逆転サヨナラ満塁本塁打を打った外野手
1950年(1年目)
.219 21本 72打点 10盗塁 133試合
ポ |
選手名 |
右巧 |
左巧 |
長打 |
走力 |
送球 |
捕球 |
肩力 |
リ |
捕 |
一 |
二 |
三 |
遊 |
左 |
中 |
右 |
左 |
樋 笠 |
28 |
33 |
71 |
55 |
70 |
20 |
65 |
|
|
|
45 |
35 |
|
60 |
55 |
55 |
1951年(巨人)
.370 3本 8打点 1盗塁 31試合
ポ |
選手名 |
右巧 |
左巧 |
長打 |
走力 |
送球 |
捕球 |
肩力 |
リ |
捕 |
一 |
二 |
三 |
遊 |
左 |
中 |
右 |
左 |
樋 笠 |
59 |
59 |
55 |
50 |
40 |
5 |
60 |
|
|
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35 |
30 |
|
45 |
40 |
40 |
1953年
.256 12本 42打点 5盗塁 96試合
ポ |
選手名 |
右巧 |
左巧 |
長打 |
走力 |
送球 |
捕球 |
肩力 |
リ |
捕 |
一 |
二 |
三 |
遊 |
左 |
中 |
右 |
左 |
樋 笠 |
41 |
46 |
66 |
50 |
50 |
45 |
60 |
|
|
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|
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|
45 |
35 |
35 |
1954年
.213 11本 32打点 4盗塁 92試合
ポ |
選手名 |
右巧 |
左巧 |
長打 |
走力 |
送球 |
捕球 |
肩力 |
リ |
捕 |
一 |
二 |
三 |
遊 |
左 |
中 |
右 |
左 |
樋 笠 |
29 |
34 |
65 |
50 |
65 |
60 |
60 |
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45 |
40 |
35 |
トータル
1950年ベース
ポ |
選手名 |
右巧 |
左巧 |
長打 |
走力 |
送球 |
捕球 |
肩力 |
リ |
捕 |
一 |
二 |
三 |
遊 |
左 |
中 |
右 |
左 |
樋 笠 |
28 |
33 |
71 |
55 |
70 |
30 |
65 |
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45 |
35 |
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60 |
55 |
55 |
通算成績
1950年~1957年
.229 54本 194打点 25盗塁 23盗塁死 出塁率.314 548試合
タイトル
なし
表彰
なし
記録
特になし
総評
強打型外野手。
高い打撃力で活躍した外野手。
守備位置は1950年はレフト、1951年はレフト、1952年はセンター、1953年から1956年はレフト、1957年はセンターで、ライトでもまずまず出場している。
コンバートは特になし。
犠打は少なく、最多は2。
盗塁はそこそこあり、盗塁成功率は低い。
四球はそこそこ多く、三振は少ない、出塁率は低打率の割にまずまず。
併殺打は非常に多い。
死球数は少ない。
愛称は特になし。
強打の左翼手として活躍。
1950年に30歳で新規球団の広島に入団。
新人ながらクリーンナップを打ち、チームトップの21本塁打を打つが、打率は.219に終わる。
1951年は契約更新するが退団し、一度プロから離れるが巨人からの勧誘により巨人に入団。
この一件から山川武範が広島にトレードされる。
1951年・1952年は代打を務め、1953年は
青田昇が大洋に移籍したことで出場数が増え96試合に出場。
1955年頃から再び代打での出場が増え、1956年に日本プロ野球史上初となる「代打逆転サヨナラ満塁本塁打」を打った。
1957年に現役を引退。
引退後は近鉄のコーチを務めている。
主に5番打者、6番打者、3番打者として活躍している。
背番号は10→24→40で、1950年は「10」。
強打で活躍した外野手。
長打力が高く、3度の二桁本塁打を打っている。
三塁打や盗塁はまずまずあるが、併殺打が非常に多い。
守備範囲はやや狭く、失策数はやや多く、守備率はやや低い。
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